2008年04月04日

ラサの暴動(西安通信)

ラサ2.jpg
 
(写真はポタラ宮の屋上から見たキチュ河方面の景色)

 3月14日にラサで起こった暴動をめぐっていま世界中が沸騰している。オリンピックのボイコットにまで話が飛んで、少々ヒステリックになっている向きもあるが、世界の大方の意見は中国政府とダライラマとが直接話し合って解決するべきだということになっている。

 で、その話し合いだが中国政府は、チベットは中国の一部だという大前提の上に立ち、まずこれを認めよと言う。それからダライラマ側がチベットの独立要求を放棄すること、暴力行為をやめることを話し合いの前提として要求している。これに対しダライラマは、独立は要求しない、高度の自治を求めると言い、暴力行為はしないようチベット民衆に呼びかけている、これなら話し合いによるチベット問題の解決は障害はなく、明日にでも実現できそうなものだが、なかなかそうはいかないのである。

 よく知られているようにダライラマの「亡命政府」は1987年次のような「和平への5つのプラン」を発表した。
(1)チベットを平和地帯とする。
(2)中国人のチベットへの大量移住政策を中国が放棄すること。
(3)チベット人の基本的人権と民主主義自由が尊重されること。
(4)チベットの環境の回復と保護、核兵器、核廃棄物の持ち込み禁止。
(5)チベットと中国の真摯な交渉実施を求める。

 翌年にはフランスのストラスブールでこの「プラン」を補完する中国との話し合いについての新たな提案もしている。また、1997年には独立を求めず、中国憲法の枠内で、外交と国防は中国が、内政はチベットが行う「真の自治」を求めるという「中道のアプローチ」を提案した。

 しかし、中国政府はダライラマ側のこうした提案をまやかしだと言う。ダライラマに対する不信感はかなり根強いようだ。

 3月29日、西安の新聞にダライラマ側を批判する「ダライ集団の中道のアプローチ″はチベット独立を図るもの」という新華社の記事が掲載された。日本では中国政府の見解や、考えはあまり詳しく報道されないので参考のために紹介する。

 記事は、ダライラマ集団は一方でチベットの独立を求めず、高度な自治を求めると言い、また非暴力を主張しているが、一方では独立をめざし、過激分子を使って民衆を扇動し、暴力事件を起こすという二面政策をとっていると語気を強めて非難している。

 この記事は中国チベット学研究センターの研究者の見解を紹介するという形で書かれているが、中国政府の考えと同じとみていいだろう。その見解によるとダライラマ集団は(1)チベットは歴史上も文化上も独立国家で、中国の一部分でない、(2)中国軍とその軍事施設のチベットからの撤去、チベットを平和地帯、緩衝国家とする、(3)(チベット政府が)世界各国、各国際組織と外交関係を持つ、(4)青海、甘粛、四川、雲南のチベット族居住地域を含めた「大チベット」を実現し、ダライラマが国務を管掌する、(5)大チベットからのチベット族以外の住民の退去を図る、の5点を主張、要求しているとした上で、彼らは(1)まずチベットに帰り独立活動を効果的に指揮し、(2)「真の自治」を通して政権を取り、(3)住民投票によりチベット独立を実現しようとしていると非難している。

 ダライラマ集団がチベット独立を今も放棄していないという証拠は、と新華社のこの記事はいう。
(1)彼らは独立国家建設をうたった「亡命政府憲法」を今も掲げている
(2)また、いままでは教育、外交、財政、宗教の4省だけだった政府の機構を、2006年には内政、外交・情報、宗教・文化、教育、財政、衛生、安全の7省に増やし、亡命政府機能を強化している
(3)チベットの「国歌」「国旗」をつくり、掲げ、歌っている
(4)1980年末から90年はじめにかけての東欧、ソ連崩壊時にはチベット独立の好機として独立を画策した。ところが中国の政局が安定し、経済発展が進み、チベット民衆の生活が豊かになって来ると一転して独立でなく真の自治を求めると主張を変えた
(5)さらに今もなおダライラマ政府の首班、サムドン・リンポチェは雑誌に1951年まではチベットは歴史的に主権独立国家であった、自治国家であったと書いている、
・・等々厳しい調子でダライラマ側を糾弾している。

 彼らは言っていることとしていることが違う、信用出来ないというのである。取りつくしまもないその強い姿勢にどういってよいのか、戸惑いを感じる。

 新聞報道によるとダライラマ14世はチベットの人たちに暴力行為をしないよう呼びかけ、その際、聞き入れてもらえないなら自分は退位すると言ったということである。

 最近、亡命政府を支持する側には「チベット青年会議」など14世の方針に公然と反対し、力による独立を標榜するものが出て来ている、また、チベット関係のNGOにはかなり過激な組織もあるということは以前から言われていた。今回の14世の「退位するかも」という表明はそのことを裏付けるものである。ダライラマでも制御できない状況が生まれつつあるのである。
 
 昨年からオリンピックで世界の耳目が中国に集まる来年は、一騒ぎを起こして中国政府の非人道さ、非人権体質を世界にアピールしようという動きがあちらこちらであるだろうと言われて来た。いままで6回にわたって行われて来たダライラマ亡命政府と中国政府との話し合いが昨年6月で途絶えたのはその前兆であろう。ことしオリンピック開催前にチベットでこういう騒動が起こるのは、一介の市民の私でさえさえ予測できたのだから中国政府は十分わかっていただろうと思う。また、14世が過激派を制御できない状況が生まれて来ているのもよくわかっていただろうと思う。だからこそ話し合いによる解決の努力を強める必要があったのではないかと見ていていらいらする。

 14世は近々また世界各国を回るという。その旅の中で反中国の声に調子を合わせて中国政府が気に障るようなことも言うだろうと思う。いやむしろそのための外遊であろうと思う。こういう状況を見ていると話し合い解決の道から双方がだんだん離れて行っているように思える。

 中国とチベットの関係は7世紀のソンツェン・ガムポ王の吐蕃王国の昔から戦いそして和すという歴史である。チベットはずっと独立国家だったという人もいるが、元、明の時代はその王朝の武力にすがっていたこともあるし、清朝時代はその被保護国でもあったのである。つい100年前、河口慧海がチベットに行ったころは、彼がその「西藏旅行記」に書いているようにまだ清朝の被保護国であり、当時ダライラマ13世はチベット独立に心をくだき、一生懸命になっていたのだ。要するに中国とチベットは因縁浅からぬ間柄である。中国政府のかたくなな態度にも困ったものだが、チベット側もそういう歴史を認めず、中国とは関係なくずっと独立国であったなど頑固に主張するのもどうかと思う。
 
 いまこそ新しい関係を探るということになるべきだと思う。双方はそれぞれの時代に、その時代に応じた形、方法で相互関係をつくり、問題を解決して来たのである。現代は民族の尊厳が認められ、力でなく話し合いで物事を解決する時代である。その点を考えて話し合いを強めてもらえないものかと思う。
カムパ・ラ2.jpg

     (写真はカムパ・ラ(峠)のタルチョ)
posted by youzao at 21:03| 兵庫 晴れ| Comment(3) | TrackBack(0) | 西安通信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
大連で語学留学をしつつアフィリエイトで生計をまった〜りたてています。大連の生の情報を発信しています。
Posted by さわでぃ〜慶次郎 at 2008年04月05日 15:16
途中でアップしてしまいました。

ラサ騒動少し落ち着いたようですね。
中国国内からニュースをみていると”ほぼ”報道されない状況で普段あまり感じないのですが、やはり”共産主義体制中国”だと改めて実感させてられました。
Posted by さわでぃ〜慶次郎 at 2008年04月05日 15:21
やたらと、感情的で思考停止的な発言の多いこの問題について、やっと冷静な思索を行なっているサイトにたどり着いたように思います。
今後ともご活躍を祈念しております。
Posted by 下級公務員 at 2008年04月26日 10:31
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