

10月28日、姫路市民会館で行われた「北京・風雷京劇団」の公演を見た。
演目は「扈家荘」と「覇王別姫」のさわり、それに「美猴王」。いずれも京劇のスタンダードナンバーだが、とくにこの日は孫悟空が派手に動き回る「美猴王」がメインだったので、客席のみなさんはたのしくご覧になったようだ。
私はこの日の演目では「覇王別姫」が気にかかった。
その「覇王別姫」で虞姫を演じてすばらしい剣の舞いを見せてくれたのは蘇卓さんである。

(写真は蘇卓さんの虞姫ー風雷京劇団のパンフから)
実は私は以前、北京で彼女の舞台を見たことがある。その時のお芝居は「天女散花」。ご存じ梅蘭芳創作のお芝居で、長い彩帯、いわゆる幅広の長い“リボン”をふり回し、あるいは揺らせて舞いながら同時に歌も歌うという、見ているだけで息が切れそうな激しいお芝居だが、彼女はこれを優雅に演じていた。この舞台を見て彼女の名前を覚えた。
今回の公演用パンフに「覇王別姫」の虞姫を彼女が演じると紹介されていたのを目にしてわくわくした。「覇王別姫」は有名なお芝居だから虞姫も梅蘭芳をはじめ多くの名優が演じている。私自身、今や世界的に有名な京劇俳優である上海の史敏さんや、大連京劇団所属の国家1級俳優、李萍さんの虞姫を見たことがある。
彼女の虞姫はどうだろうとたのしみにした。
史敏さんの虞姫は妖艶で、気品がある。その舞いや歌に比べればこの日見た蘇卓さんの踊りも歌もまだ固くて、少し物足りないところがあったけれど、しかししっかりとした演技で魅了された。
素顔も魅力的、蘇卓さん
公演の前日、彼女と少しお話をする機会があった。素顔の彼女は色白で、目が印象的な美人である。また明るく茶目っけのあるまさにいまどきの女性であり、舞台の外でも魅力的な人である。この人は将来が楽しみだなと思った。いい歳をしていて恥ずかしかったが、一筆、サインをしてもらった。
もう少し見たかった、焦健hさん
将来が楽しみといえば項羽を演じた焦健hさんもすばらしい。たのしみである。
昨年私はテレビで彼のお芝居を見た。京劇や越劇などお芝居のことを走り書きした手元のノートの昨年10月のページに、「風雷、焦健h、迫力あり、舞台見たし」と書いてある。
ところがそれが何のお芝居だったのか書いていない。また覚えてもいない。つい一年前に感動したものが思い出せないのである。老人性の健忘症が始まったのかもしれない。
「覇王別姫」は第一場、韓信の策略の場面から、第八場、烏江で項羽が自刃するまでが演じられる長い芝居だが、この日は第七場の虞姫の剣の舞いの場面だけが上演されたので、項羽の出番はほんの少しだけだった。したがって焦健hさんの迫力あるスケールの大きな芝居が堪能できなかった。残念である。
焦さんは劇団のカメラマン役を担当しているのか、前日の交歓会では大きなカメラをもって会場をうろうろされていた。その忙しくされている足をとめさせて、少しお話をした。彼もさわやかな、素晴らしい青年である。
(記念品贈呈、左・日中友好協会兵庫県連水田会長、右・松岩風雷京劇団団長)
名優、迷優
話のついでに面白いエピソードをひとつ。
昨年、中国中央テレビ戯曲チャンネルで梅蘭芳の生涯を追ったドギュメンタリーが連続放送された。その中で「覇王別姫」にまつわるおもしろいエピソードが紹介されていた。
あるとき、北京の中和戯院で「覇王別姫」が上演された。芝居はまさに佳境、梅蘭芳の虞姫がニ本の剣を回して優雅に剣の舞を舞う。満場の観客は固唾をのんでそれを見ている。舞い終わって虞姫は自決すると言い、項羽はそれはならんと言う。虞姫が「大王、漢兵来たる」と項羽の気をそらし、その隙に項羽の剣を奪い自らの首を切って死ぬ。舞台は暗転。すると芝居はまだ項羽が烏江で自刃する一場が残っているのにお客は席を立ってぞろぞろ帰ってしまったという。
名優のすごさ、かくの如し。
さてその反対の話だが、まだまだ途中、観客も固唾をのんで見ているのに、自分で勝手に自分に見切りをつけ、客の期待や自分の責任などお構いなしにさっさと舞台を降りるという迷優が日本にはいる。芝居の舞台の話ではない。政治の舞台の話である。
しかも二人。
こういうときのかける言葉は「倒好!」である。
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